ニュースの概要
声優らが加わる団体が、自分たちの「声」をAIで扱う際のガイドラインをまとめた。報道によれば、声を学習させる場合の事前の同意、使い道の範囲、対価の支払いなどについて、業界の共通の作法として根づかせることを目指している。法律の改正を待つのではなく、まず取引の現場で守られる約束事を作るという発想である。生成AIの発達で、本人そっくりの音声を数秒の録音から作れるようになり、無断利用への不安が声優の間で急速に広がっていた。今回の指針は、その不安に対して、企業側が参照できる具体的な物差しを示そうとする動きだと位置づけられる。
引用元: 声優らの団体が「声」のAI利用ガイドライン 「ビジネスの慣行に」 [AIの時代](朝日新聞)
分析・見解
法律の空白を、業界の約束事で埋めようとしている
日本の法律では、声そのものを直接守る明文の権利はない。肖像のように顔を勝手に使われた場合は、判例で認められてきたパブリシティ権(=有名人の名前や姿が持つ経済的価値を本人が管理できる権利)が働く。しかし声については、裁判例が少なく、どこまで保護されるかがはっきりしない。
著作権法も、声の「雰囲気」や「話し方の癖」といった、作品になる前の特徴までは守らない。AIが声優の演技を大量に学習し、似た声を新しく作っても、現行法では違法と言い切りにくい場面が多い。今回の指針は、この空白を、取引の作法で先に埋めようとするものだ。
ハリウッドの2023年ストと、何が違うのか
比較になるのが、2023年に米国で起きた俳優組合のストライキである。結果として、俳優の同意なしにデジタル複製を作ることを制限し、使うたびに報酬を払う仕組みが労使協約に入った。強みは、組合が交渉相手の大手スタジオに直接ルールを飲ませられた点にある。
日本の声優業界は、個人事業主が多く、事務所も数多く分かれている。同じ強制力は持ちにくい。そこで今回は、強制ではなく「これが普通の作法だ」という空気を作る道を選んだ。「ビジネスの慣行に」という言葉は、その戦略をよく表している。弱みは守らない企業が出ることだが、強みは契約書の雛形として速く広まりうることだ。
技術の側から見ると、線引きは思うほど簡単ではない
ここで見落とされがちな視点がある。AI音声には、実は種類がある。特定の人の録音で作り込む「個人の声のコピー」と、数万人の音声から作った「汎用の合成音声」だ。前者は本人の同意で整理しやすいが、後者は、誰の声がどれだけ効いているのかを後から切り分けられない。
つまり、同意と対価の仕組みを作るには、学習に使ったデータの記録が欠かせない。記録がなければ、同意があったのかも、使用料をどう分けるのかも確かめようがない。ガイドラインが実際に守られるかは、理念の強さよりも、データの履歴を残す手間を誰が負担するかで決まる。
今後は「似た声」をどう扱うかが争点になる
本人の声を直接使わず、声質や話し方だけを似せた音声は、同意の網をすり抜けやすい。ここをどこまで問題にするかが、次の議論の中心になるだろう。
一方で、声優側も全面的な禁止を求めているわけではない。自分の声を許諾して収入にしたい人もいる。禁止と解禁の二択ではなく、本人が条件を選べる仕組みに落ち着く可能性が高い。海外の音声配信サービスでは、声の持ち主が許諾料を受け取る市場がすでに生まれており、日本でも同じ形が現実的な着地点になると見ている。
ビジネスへの影響
音声を使う企業は、契約書と記録の整備を先に済ませる
ゲーム、アニメ、広告、読み上げサービスなどで音声を扱う企業は、ガイドラインが出た時点で、取引先から同意条項の追加を求められる可能性が高い。今から確認したいのは三点だ。学習に使ってよいか、使い道の範囲はどこまでか、契約終了後にデータを消すか。この三つが契約書に書かれているかを点検したい。
あわせて、どの音声を、いつ、誰の許可で学習に使ったかを残す台帳を作っておくとよい。後から説明を求められたとき、台帳があるかどうかで対応の速さが大きく変わる。
対価は一括払いか使用ごとか、早めに設計しておく
収録時に一度だけ払う方式は分かりやすいが、AIは同じ声を何度でも使えるため、本人の納得を得にくい。使った回数や売上に応じて払う方式は手間が増えるものの、後の対立を防ぎやすい。まずは小さな案件で、使用量に連動する報酬を試し、集計の負担を見積もるのが現実的だ。
守る姿勢そのものを、取引上の信用として使う
消費者や取引先は、無断で声を使われた事例に敏感になっている。早い段階で指針に沿った運用を公表すれば、声優や事務所から選ばれやすくなり、炎上のリスクも下がる。法律が整うまでの時間を、信頼を積む機会として使えるかどうかが、数年後の差になると考えられる。
